戦争で命を救った豆腐・小林久間吉豆腐店(文京区)【東京豆腐探訪】

2018年10月22日

小林久間吉豆腐店の外観と秀雄氏、秀一氏

小林久間吉豆腐店の外観と秀雄氏、秀一氏。本文では触れていないが、秀一氏は元プロボクサー。

久間吉氏は戦地で豆腐を作った

小林久間吉豆腐店は大正二年に創業した。
現在の店名になっている小林久間吉氏は二代目にあたる。
久間吉氏は太平洋戦争のさなか、徴兵され食料係として戦地に渡った。戦局が長引くにつれ、食料が不足し、餓死者や病人が続出する中、久間吉氏は豆腐を作るよう命じられたという。
材料をなんとか集め、道具を工夫し、やっとの思いで豆腐をこしらえることができた。それを兵士に食べさせると病は治り、餓死する者はいなくなった。
今も店に立つ先代の小林秀雄氏は、父である久間吉氏からその話を聞き、家業を継ぐ決意を固めたという。

秀雄氏はデパート販売より社員を守ることを選んだ

秀雄氏は店を引き継いだ後、デパートでの販売を始めた。社員を店頭に置き、販売にあたらせると豆腐は良く売れた。しかし、バブルが崩壊すると、じわじわと売上が落ちていった。
消費者は安いものを求めていると言われ、デパートから安売りをするよう要請された。その要請に従うとなれば、利益を出すためには人件費を削るしかない。
「うちのお客様は労働者の皆さん。不利な雇用契約を結ぶことは出来ない。」
秀雄氏はデパート撤退を決意し、店舗での販売に専念した。当時、店舗売上は伸び悩んでいたが、地域密着に徹することで徐々に売上を伸ばしていった。
現在では秀雄氏の跡継ぎとして小林秀一氏が代表を務め、店舗販売の他に小学校や保育園への卸やオフィスへの出張販売も行っている。
また、椿山荘やリーガルロイヤルホテルといった高級宿泊施設にも卸している。
大豆は北海道産と山形県産にこだわっており、特に山形県産の大豆は契約農家から仕入れている。
販売価格もそれぞれ二百二十円、百八十円と高めに設定している。また、豆腐以外にも五種類のがんもどき等、六十種類の品揃えがあるという。
ほとんどのお客さんが豆腐以外の食料品も購入していくため、客単価は千円程度と高い。

「久間吉」という豆腐

店の立地は決して良くはないが、小林秀一氏はそれを言い訳にすることなく、次々とチャレンジを続けている。
将来は外食事業も展開したいという。
小林久間吉豆腐店の主力商品である豆腐には「久間吉」という名前が付けられている。
その物語と豆腐作りにかける熱い想いはこれからも引き継き継がれていくことだろう。

小林久間吉豆腐店
所在地: 〒112-0006 東京都文京区小日向3丁目7-3
電話: 03-3941-2535

小林久間吉豆腐店ホームページ

豆腐「久間吉」

豆腐「久間吉」