「漠然とした不安」には生産性が無いので無駄である

2018年10月5日

こんな写真の状況こわい。

不安過剰

メディアからは人を不安にさせるような情報がひっきりなしに流れてくる。
不摂生な生活を続けていると将来疾患にかかるとか、充分なたくわえをしないと老後は大変だとか、地球環境はこのままだとどうだとか・・・・。
確かにそれらについて一考することは意味があることである。
しかし、あなたが四六時中それらに思いを巡らせ、「不安」な気持ちを抱き続けているのであれば、それは不幸なことである。
「不安」を抱いている間、あなたは人生を楽しめないからだ。

不安とどうつきあっていくか

では、「不安」に付きまとわれないためにどうすればいいか。
「不安」とは将来起こるかもしれないマイナスな出来事について想いを巡らせることである。
まずは、この「将来起こるかもしれないマイナスな出来事」の確率がどの程度か考えてほしい。
例えば生涯でがんに罹患する確率は、男性62%という情報が出ている(参考:国立がん研究センターがん情報サービス)。
また、災害の起きる確率も調査結果があるものが多く、地震であれば都区部直下のM7クラスの地震が起きる確率は今後30年間に約70%とされている(参考:中央防災会議首都直下地震対策検討ワーキンググループ 首都直下地震の被害想定対策のポイント)。
確率を知ることで「将来起きそうもない」ということが分かれば不安な気持ちも解消されよう。
一方、確率から考えて「いかにも自分におきそう」という場合や、その確率をどう判断してよいかわからない場合は次の段階に移る。
もちろん、「将来起こるかもしれないマイナスな出来事」の中には確率が出ていないものもある。
その場合も対処方法は次の通りである。

起こるかもしれないマイナスな出来事に対して対策を講じる

次に出来ることは以下の2つだ。

①出来事が起こる可能性を下げる

例えば自分自身の病気が起こる確率は生活習慣を買えることで、発生する可能性を下げることが出来る。がんに罹る確率を下げるのであれば、喫煙をやめる等がこれにあたる。

②出来事が起きたときに被害を小さくする

震等の災害であれば、保険をかけておく、通常の生活・業務になるべく早く戻れるようシナリオを作っておく、食品等の備蓄をしておく等の対策がこれにあたる。

しかし、現実にはこれらの対策がないような出来事もある。また、対策を講じても不安だという場合もあるだろう。

呪いのような不安

残念ながら、それらの「不安」に対してあなたが出来ることはもうない。
そして、出来ることがないのに、「不安」な気持ちになり続けているのであれば、それは無駄な時間を過ごしていると言える。
何故ならば、人生の質を高める観点で言えば、「不安」は将来の備えをするための感情だからだ。
備えをしているのに、もしくは備えようがないのに、ただただ「不安」であることは全く生産性が無い。
他の考え事に時間やエネルギーを費やした方がよっぽど幸せになれるだろう。
そうわかっていても「不安に」なるのであれば、寝不足か、精神的な疾患を抱えている可能性が高い。
その場合、潔く医者に行こう。